Marina Ogawa

31歳の誕生日エントリ

仕事 家庭 読書 身体

先日31歳になったので、誕生日エントリです。

直近1年のアレコレ

振り返ると、不安と戦った1年だった。

仕事(Webディレクション)

見たことが無いタイプの課題と向き合っていた。

詳細は語らないが、とにかく体制が上手く回っていなかった。

センターピン(注:改善すれば連鎖的にうまくいくポイント)は特定していたが、私は中途半端に良心的な人間なので、世に伝播している「できる人間は自己責任だ。外部のせいにしない」という言説を内面化し、責任を自分に帰結させてしまった。

当然ながら状況は良くならない。振り返ると、必要だったのは「積極的に悪者になる」姿勢であった。

ネガティブな話ばかりする人間は(特に人が絡むと)印象が悪い。「あの人実力が無いくせに、周りのせいにばかりしているよね」と後ろ指さされるかもしれず、正直それが一番怖かった。だからこそ改善が遅れたし、提言するたびに心臓がキュッとしていた。

しかしありがたいことに、周りは大人の対応をしてくれ、リスクも背負ってくれた。その後は体制にいくつか変更が入り、少なくとも以前よりは回りやすくなっているように見える。

仕事(役員)

こっちも、詳細は言わないが色々あった。

私は父からの世襲役員なので、正直右も左もわからないまま入社している。

私は世襲制に懐疑的で、ちゃんとデキる人が継ぐべきだと思っているが、世の中はそう簡単にできてはないらしい。世襲は継がせる側にメリットもあり、だからこそ続いてきた。

外から見るとズルい立場であるので、実際に羨望および冷笑の的になっている感覚もある。

それはある意味マイナス面で、飲み会で仲良くなった跡継ぎフレンドも「最初はアウェイで、派閥ができていて辛かった」と語っていた。

どうやら継承には、継承ならではの難しさがあるらしい。

大塚家具の大塚久美子さんは著書の中で「会社は先代のアイデンティティであり、事業継承における世代間の価値観の衝突は、先代のアイデンティティを否定することになってしまう」といったことを綴っていた。

つまり一言で言えば、ファミリービジネスは葛藤が生まれやすいのだ。

久美子さんの本を読むと、メディアでは語られない複雑さや大変さがあったんだなぁ⋯⋯と思うし「(ファミリービジネスに入ったことは)正直あまりハッピーとは言えなかった」「20年以上の時間に値するものではなかった」とまで綴っていて、だいぶ深刻だ。

父娘対決として面白おかしく報道され、良好だった親子関係が壊れ、今もなお「無能な娘」のように扱われる彼女を思うと、なかなかしんどいものがある。

ただ、うちは今のところは既存メンバーに前向き(?)に受け入れていただいている気がしているし、ありがたいことに楽観視できる材料は揃っている。

同時に”葛藤”の片鱗も感じている。そのうえで、経営に携わる以上は「社員を食べさせていく覚悟」を持つ必要もあるだろうと思う。少なくとも、父はその気概がある経営者だ。

情勢も移り変わっていく昨今は「今まで通りにやればOK」というわけにもいかない。父もあと、何年元気でいられるだろうか。31〜32歳の間で、その覚悟をしっかり持てるだろうか。きめていくしかないだろう。

育児

誕生日当日。子供たちが揃ってお祝いしてくれた。次男がケーキをフライングで食べていたのも面白く、最高に幸せな時間だった。走馬灯があったら予約しておきたい。

世界で最も大好きな子供たちだからこそ、悩みも無数に湧いてくる。

悩み1、家が狭いこと。

現在は定期賃貸借契約で45㎡ちょいくらいの家に4人で住んでいる。

更新ができないので引っ越しする必要があるのだが、住み替えようにも不動産価格があがりすぎていて面白い。都内近郊のマンションは1億くらいするし、近所では2億近い土地が売りに出されている。それ、生涯年収だが⋯⋯???

ちなみに都市が高級化して、従前から住んでいた低所得者が外へ追い出されることを「ジェントリフィケーション」といい、世界的に起きている現象らしい(ソースは以下。不動産の上昇を色々な観点から中立的に解説していて、とても面白かった)。

都内が高いなら、あきらめて都外に出るという手もある。

しかし色々な理由(車の免許がない、職場がそこそこ近い、子が学校に馴染みまくっている、サービスを受けやすい、など)を勘案すると、現在は狭さを許容するほうに軍配が上がっている。とはいえ小さなストレスであることは変わりないので、東京都には空き家対策を頑張ってほしいところだ。

悩み2、子どもの発達障害。

我が家には発達特性のある子が3人いるので、ケアがなかなか大変だったりする。

ちなみに発達障害は7割程度が遺伝らしい。私の実家は(私含め)全員ソレなので、完全に心当たりがある。

当事者だからこそ、この個性のしんどさも、良さも実感しているつもりだ。これまでは家庭内でも十分な対策を取れずにいたので、離婚を機にちゃんと向き合うことに決めて病院へ向かった。

診察してくれた医院長先生もASD当事者とのことで、診察室は子、私、先生⋯⋯と、発達障害しかいない空間になっていた。

そこでは、子どもが席に座っていられなくても、話が逸れてしまっても、それがなんとなく許されている。

あまりにも心地よく「ここで生活したいなぁ」と思ったし「一般社会が合わないから”障害”なんだなぁ⋯」とも思ったりした。

社会生活が長いと忘れてしまうが、いわゆるマイノリティは日頃から合わない水の中で、どうにか適応しようと気を張って過ごしているのだ。当事者諸君は自らを労ってあげてほしい。

その他、子どもの性格や不得手などを総合的に考えて、新規で習いごとをはじめてみたり、家事を少し教えてみたりした。

少し落ち着いてきたように思うので、ちゃんと前に進んでいると思う。

私生活

私は大変な結婚をしたせいで、複雑性PTSDのような症状に悩まされていたのだった。

なのでEMDRというトラウマ治療を継続して行っている。EMDRは明確にエビデンスがある治療法で、患者への負担も少ないと言われている。

⋯⋯が、それでも普通に辛い

心の柔らかい部分と向き合うのはとても大変で、治療前後は悪夢やフラッシュバックで眠れなかったり、精神が不安定になったり、逆に昼間に突然眠気が襲ってきて気が遠のいたりして、散々だった。

とはいえ、治療法としてはめちゃくちゃおすすめできる。つらい時期を乗り越えると生きるのが楽になる。膿を出すような感覚に近い。特に毒親育ちなどで生きづらさを感じている人は、一度相談してみても良いと思う。

日本ではまだそこまで浸透していないので、いつか体験記を書きたい。雰囲気を知るなら三森みささんの漫画とかがおすすめ。


離婚して1年半ほど経過した。

落ち着いてきたからなのか、家族の人生がかなり自分にかかっている事実を改めて認識するようになった。

ポジティブかネガティブかはさておき、子供たちが中心で、その周りを私が回っている感じだ。

父母に継承を期待されるついでに、私も子供たちへの継承を考えることが増えた。

子の年齢もあるが「親がやってくれる」という構図から「自分のことは自分でしてみよう、教えるから」という構図に移り始めている。父にとってもそうなのだろう。

嫌な仕事は請けたくない、政治なんか意味わからない。と思っていた個人主義のフリーランスが、今は政治とか、次世代継承とかを気にし始めている。生きる意味の重心が”個・現代”から”社会・歴史”に移り変わっている感覚がある。

というわけで31歳。
正解はよくわからないし、今後もたぶん普通に間違えるけれど、その結果を引き受けていける強さが欲しいなと思う。

とりあえずそろそろ、人間ドックには行きたいね